品川区に今も残る伝統工芸(和竿)

品川区に今も残る伝統工芸(和竿)
第173号(2024.10.20発行)

竹に漆を塗って作られる和竿。カーボン素材やガラス素材の釣り竿が普及した現代でも、天然素材ならではのしなやかさや風合いで釣り好きの人々から愛されています。今回は、竿師の大石稔さんにお話を伺いました。

受け継がれた和竿作りの技大切なのは人との繋がり

大石さんの父親は釣具店を営んでおり、休日になると京浜運河でハゼ釣りをする人が多く訪れました。当初は主にエサなどを販売していましたが、親族の竿師に釣り竿の修理を教えてもらったことがきっかけで、大石さんの父親は竿師としての技術を身につけました。小さい頃から厳しく寡黙な父親とは会話も少なかったそうです。漆で黒くなった父親の手を見て、「自分はこの仕事には就きたくないな」と思ったこともありました。しかし、結婚をきっかけに父親の気持ちが少しずつわかるようになり、思い切って人生相談をしてみると的確な答えが返ってきたことに驚きました。その後、父親に対する見方が変わり、「何かできることある?」と聞いたことをきっかけに父親の店を手伝うようになりました。夏は餌を販売し、冬は釣り竿を作りながら二人で店を切り盛りしました。

「私が店を継ぐと、父親のファンだったお客さんは自然と離れていきました。ファンは店ではなく人につくんです。タウン誌の広告や来店した人の口コミなど、十年くらいかけて顧客開拓を続けました」。今では新幹線や飛行機の距離から大石さんの和竿を求めてやってくる人もいます。竿師として大石さんが大切にしていることは、人と人との繋がりです。「以前、和竿の修理でいくつかの店舗を回った後、うちに来てくれたお客さんがいました。自分以外が作った釣り竿の修理は難しいケースもあるのですが、せっかく私を頼ってきてくれたお客さんだったので修理したところ喜んでいただき、その後もお店に通ってくれるようになりました。商品とお金のやりとりだけでなく、買い手の”釣りが好き”という気持ちはもちろん、売り手として”この人の役に立ちたい”と思う自分の気持ちも大切にしようと思った出来事でした」。

竹に魂を吹き込む世界にひとつだけの和竿

大石さんは海釣り用の和竿を作ります。大石さんの和竿は、太さが違ういくつかの節に分かれ、太い節にそれより細い節を差し込む「印籠継(いんろうつぎ)」という継ぎ方が用いられます。竿には九州の竹を使い、見た目の美しさから竹の節が詰まっているものを使用します。しなやかさが求められる竿の穂先は鯨のひげで作るそうです。竹から出た油で汚れを浮かして落とし、竹を真っ直ぐにする「火入れ」と呼ばれる工程は、「竹に魂を吹き込む」と表現されることもあり、和竿作りの中で重要かつ難しい作業の一つです。竿には30回以上漆を塗り、強度を上げ美しくします。

「火入れ」を行う大石さん
工房には様々な太さの竹が並びます

「機能面で言えば、カーボン竿が軽くて丈夫な一方、和竿は重くてメンテナンスも必要です。それでも、和竿は”世界でひとつだけ、自分だけの一本”です。それに価値を見出す方が和竿を好んで使います」。

3本を継ぎ合わせて1本の竿になります

バブル崩壊後は釣り竿が売れず、竿師を辞めようと思ったこともありました。今の環境で何かできることはないかと思案した結果、和竿教室を始めました。一時期は50人ほどの生徒に教えており、今でも30人程の生徒が通っています。「50歳を過ぎたころ、作るたびに課題が見つかり、自分の技術はもう上達しないのではないかと考えたことがありました。だからこそ開き直って、和竿作りを楽しもうと思うことができました。不思議なもので、楽しんで作っていたらまた上達したんです」と大石さんは話してくれました。「今後も、体が動くうちは竿師でいますし、口が動くうちは教室も続けます。とにかく、楽しみ続けます」。

(編集委員 古郡)

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