品川区に今も残る伝統工芸

品川区に今も残る伝統工芸
第162号(2022.12.20発行)

 和裁の職人である釼持博さん(品川区大井)は、緻密で高度な技術を使って着物を仕立てます。今回は、和裁を始めたきっかけや、着物を仕立てる上で大切にしていることなどを伺いました。

遠回りしてたどりついた職人への道

 大学で建築を学んでいた釼持さんが、「卒業後は母の和裁を継ぐ」と決めたのは4年生の時。東京オリンピックが開催された1964年(昭和39年)に大学を卒業した釼持さんは、景気がいいのは開催前までだろうと考え、母が主催する和裁所に入門しました。小学5年生の頃に父を亡くし母子家庭だったことや、今までに針を持った経験がないことから、就職せずに入門することについていろいろな人に反対されたそうです。母には「最初の1年間は針だけ」と言われ、釼持さんは「一人前になるまで大学や地元の友達とは一切会わない」と心に決め、この道に入りました。

着物の印象を左右する柄合わせにこだわる

 「着物を仕立てる工程の中で一番大切な作業は柄合わせ」と釼持さん。「和裁士のセンスが出る部分でもあります」と話します。左前で着る着物には柄合わせの決まりがあり、上前(左の前身頃)の胸のあたりと膝のあたりに柄が出るようにし、下前(右の前身頃)には柄を入れません。袖は左前と右後ろの柄をにぎやかにし、後身頃の右肩にも柄を入れます。着る人の寸法に合わせて柄の位置を慎重に決めるため、釼持さんにとっては縫うよりも大変な作業なのだそう。

柄合わせについて説明する釼持さん

 一般的には着物の縫い目の柄ではなく縫っていない部分の柄を見る人が多いので、きちんと柄合わせをせずに仕立てられた着物を見かけることもあるそうです。釼持さんはお客様に喜んでいただくため、柄合わせの作業にこだわり一生懸命に着物を仕立てます。「せっかく気に入った反物を買っているのだから」と言う釼持さんが大切にしているのは、「着る人が喜ぶ着物を作ること」。お客様には、「柄合わせがすごくいい」と喜ばれることが多いそうです。

中国の汕頭(すわとう)刺繍が施された布地

端切れを使った小物作りや、子どもたちへの運針指導も行う

 着物を縫う時、布地がたるまないよう女性はくけ台という道具を使いますが、釼持さんはあぐらをかいて足の親指に布地を挟む「男仕立て」という方法で縫っていきます。男仕立てはしっかりとした仕上がりが特徴ですが、長時間のあぐらで膝を痛めることがあったり、若者に浸透していなかったりするため、「時代の変化やいろいろな人に対応できるよう仕事を考えていくことも必要」と話します。現在80代の釼持さんも膝が痛むことがありますが、それでも続けているのは和裁が好きだから。運針の技術を活かして、端切れを使った小物作りも楽しんでいます。

くけ台を使わずに縫う男仕立て

 釼持さんは、「着物を着ると気持ちが全く変わる」と語ります。寸法の合った着物は着心地がよく、落ち着くと同時にきちんとした気持ちになるそうです。「和裁ができなくても正しく運針ができれば、繕い物をしたり洋服に手を入れて自分の好きなデザインに変えたりできます」と話し、子どもたちへの運針の指導も行っています。

柄を確認する様子

(編集委員 若松)

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