品川区に今も残る伝統工芸(漆工芸)

品川区に今も残る伝統工芸(漆工芸)
第171号(2024.6.20発行)

漆工芸は、漆の木の樹液を塗料として使用した工芸のことを指します。お椀、箸、重箱などの食器から、茶道具、櫛、仏具、家具など、古くから日本人の生活に深く関わりがあります。今回は漆芸作家の田中勝重さんにお話を伺いました。

「好き」と「学び」を追求し、漆芸作家の道へ

学生時代から図工や美術が好きで、描いた絵で賞を取ることもあったという田中さん。良い大学に入り良い会社に勤めることが幸せとされていた時代に、「一度きりの人生なのだから自分の好きなことをやりたい」と東京芸術大学工芸科へ進学します。「1、2年生はデッサン、模写、色彩などの基礎を幅広く学びましたが、2年生の終わりに次年度からの専門分野を選択することになりました。元々は就職を見越してグラフィックデザインを学ぶことを検討していましたが、せっかく歴史ある美術大学に通っているのだから伝統工芸について学ぼうと思ったのが漆工芸の道に進んだきっかけです。木や土などの自然素材が好きだったことも影響しました」。漆工芸は刃物の研ぎ方、木の性質、漆の性質を学ぶことからはじまり、漆で描いた模様の上から金や銀の金属粉を付着させ装飾する「蒔絵(まきえ)」や、貝殻を使った装飾の「螺鈿(らでん)」などの技法に至るまで習得する必要があります。大学で2年間漆工芸を学んだ田中さんは、大学卒業後に大学院で更に2年間学びました。その後、自宅を工房にし漆芸作家として活動を始めました。

田中さんの制作スペース

漆工芸はデザインすることが制作のスタートです。作るものや柄によっては図面を描きます。漆器の土台となる木材は「木地(きじ)」と呼び、ろくろを使って削る「挽物(ひきもの)」、薄くした木を曲げる「曲物(まげもの)」、複数の木材を組み合わせる「指物(さしもの)」、のみでくり抜く「刳物(くりもの)」があります。このような木材の加工は木地師(きじし)と呼ばれる職人が行うことも多く、自分の好みやクセに合う方を探すことは時間がかかるそうです。

田中さんが描いた模様

木地が完成したら下地となる漆から順番に塗っていきます。椀の場合、下地を含め30から50工程を必要とします。塗りの最終工程である上塗りは、漆の厚みにムラがないよう塗るごとに最低1週間は時間を置きます。「漆は、乾くのではなく空気中の酸素を取り入れることで硬化します。漆は生き物なので、温度や湿度も気を付ける必要があります」と田中さんは教えてくださいました。一つの作品を作るのに、多くの知識・経験・時間が必要なことがわかります。

田中さんが制作した漆器

曲線や絵柄は植物を参考に。作品に込めた自然の美しさ

田中さんの作品の多くは食器や茶道具です。「私は、工芸は使ってこそ意味があると考えます。使いやすさや丈夫さを第一に、実用的なものを多く作ってきました。漆器は軽くて丈夫なだけではありません。持つと不思議と手に馴染みます。まるで人の肌のように、水分を完全に弾くわけではないため、口当たりや触り心地が良いのです。更に、料理の油が漆に馴染み、使うほど独特な風合いやツヤを出します」。実際に漆器を使った食事会を開き、漆の良さを体験してから購入してもらうこともあったのだそうです。

田中さんは漆芸作家として活動する傍ら、美術予備校、中学校、高校、水彩画教室などで指導もしてきました。「自然を観察することは芸術にとって基本的で大切なことです。綺麗な形や美しい曲線は花が開く様子や種子から連想することが多いですし、漆工芸に施す植物の模様を描く際も参考になります。また、写真や映像ではなく実物を見て描くこと、感じることを作品で表現します」。

自宅に植えた花をモチーフにした作品もあります

実際に体験をし、自然の良さ、芸術の良さ、漆器の良さを感じることを大切にする田中さん。水彩画教室では実際の自然を見て描けるようスケッチツアーも行うのだそうです。田中さん本人も、まだ見ぬ自然や街並みを求め、スケッチブックを片手に国内外を旅行します。「今後も、漆工芸や水彩画、様々な形で芸術に関わり続けたいです。作品や教室を通じて、私が感じ、体験した芸術の楽しさや素晴らしさを伝えていくことが私の夢です」。

(編集委員 古郡)

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