品川区に今も残る伝統工芸(日本刺繍)

品川区に今も残る伝統工芸(日本刺繍)
166号(2023.8.21発行)

日本刺繍は、絹地に絹糸で施す刺繍のことを指します。フランスやインドなど、各国の伝統的な刺繍がある中、日本刺繍の特徴は絹糸ならではの繊細な色使いや柔らかさです。今回は、日本刺繍作家の笹原木実(ささはらこのみ)さんにお話を伺いました。

自由に楽しく日本刺繍を身近に

笹原さんが日本刺繍と出会ったのは十八歳のころ。デパートのカルチャーセンターに通い、日本刺繍の楽しさを知りました。その後、上皇后美智子さまのローブデコルテ製作や貴乃花の化粧回しを手がけた秋山光男氏に師事します。それから十五年以上、「日中は仕事」「夜や休日は日本刺繍」を両立する生活を続けていましたが、日本刺繍の道に進むことを決断し、教室を始めました。

品川区にある笹原さんの日本刺繍教室の特徴は何より「自由」なことです。「日本刺繍では定番の着物・帯・半衿に刺繍しても、今は着用機会が少ないですよね。レッスン料も安くないため、日本刺繍をやりたいな、と思ってもハードルが高いと感じる方が多いです。私は、日本刺繍の素晴らしさ・楽しさを多くの方に知っていただけるよう、制約のない自由な日本刺繍の機会を提供したいと思っています。額(がく)に入れて飾れるようにしたり、ピアスやブローチ等のアクセサリーにしたり、日傘に刺繍したり…。こうしなきゃいけない、という決まりはなるべく設けないようにしています。日本刺繍を身近に感じて、楽しんでもらいたいです」。

生地や糸で、作品の表情が変わる

日本刺繍の制作でまず行うことは、「図案作成」です。テーマ、構図、配色など、考えることは沢山あります。図案を考えるだけで何年もかかることがあるそうです。図案が決まったら、次に生地を決めます。針を何回も刺すため、しっかりとした帯用の生地がよく使われます。「生地を白のまま使うか、単色やグラデーションで染めて使うか、図案を元にイメージします。細かな色をイメージ通りに表現するため、生地は自分で染色します」と笹原さん。生地を準備したら、次は刺繍台に生地を張ります。布目を均等に貼らないと、完成後に刺繍が歪んでしまうため、最も重要な工程と言っても過言ではありません。生地に図案を下書きしたら、刺繍糸の準備です。蚕から取れた生糸(きいと)は何本かの糸がまとまって一本になっている平糸(ひらいと)の状態で販売されていますが、それをさらに分け、分けた糸を「2菅合わせ」や「4菅合わせ」に撚(よ)って使用します(「菅(すが)」=糸の最小単位)。細い糸を使うからこそ、日本刺繡は繊細な表現が出来るのです。撚らずに平糸のまま刺繍する事もありますが、この場合も一本の糸を何菅かに分けて使用します。柔らかい印象の花は平糸を使い、しっかしとした雰囲気の茎は撚り糸を使うなど、表現したいものに合わせて糸を使い分けます。「掌の感覚はその日によって異なるため、経験と技術を要する作業です。同じ箇所で使う糸は、同じ撚りの形にしないと、うまく質感を表すことができません」と笹原さんは実演してくださいました。ここまで準備してやっと縫い始めることができます。日本刺繍は両手を使って縫うため、集中力が必要です。百種類以上ある技法を使い分けることで、強弱をつけた繊細な作品ができあがります。

どれだけ作っても飽きない、日本刺繍の世界

笹原さんの作品へのこだわりは、こだわらないこと。教室での生徒さんへの指導だけでなく、自身の作品も柔軟な発想で自由に日本刺繍を楽しむことを大切にしています。「とにかく綺麗なことが日本刺繍の魅力です。色も柄もバリエーションが豊かで、自由で、何枚制作しても次に縫いたい作品のイメージが湧き上がってくるんです。和風っぽい作品の次は洋風にしようかな…など考えると止まらなくて、図案のストックがどんどん増えるから制作が追いつきません(笑)。長く日本刺繍の世界にいますが、全く飽きないですね」。

最後に、笹原さんの夢や目標についてお伺いしました。「二年ごとに行っている教室の作品展は、生徒さんがとても楽しみにしてくれているので、これからも続けたいです。個人の夢は、大きな作品を作ること。実現させるためにも、まずは健康であることと、今後も変わらずに自由な発想で作品を作り続けたいです」。

制作中の笹原さん

(編集委員 古郡)

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