品川区に今も残る伝統工芸(桐箪笥)

第164号(2023.4.20発行)

皆さんのご自宅には桐箪笥はありますか?衣類を保管するために使っている方、今は使っていないが母親が使っていたという方もいらっしゃるかと思います。今回は、桐箪笥が重宝される理由と職人のこだわりについて、桐箪笥職人の林正次(はやしまさつぐ)さんと林英知(はやしひでのり)さんに、お話を伺いました。

防虫、防腐、防火、気密性、デザイン…語り尽くせない桐箪笥の魅力

品川区二葉にある「林タンス店」。二代目の林正次さんが桐箪笥職人になるため父親に弟子入りしたのは十八歳のとき。「習うより慣れよ」の環境で、他の職人たちと共に技術を磨きました。「弟子入りして最初の仕事は続飯(そくい)という米糊(こめのり)を作ることでした。今はボンドがありますが、当時は糊も手作りだったんです」。正次さんは当時を振り返ります。

桐箪笥の最大の魅力は機能性です。桐には適度の通気性があり、防虫効果のある成分を含んでいるため、着物や毛皮の保管に最適です。屏風や文献などの歴史的資料の保管のため、間口が二メートル以上の大きな桐箪笥を博物館に納品したこともあるそうです。桐は、伸縮性が低いため長年使っても寸法が狂わず、古くなった箪笥も表面を削って加工すれば新品同様に美しくなります。

驚くのはその気密性です。桐箪笥の引き出しには隙間がありません。一つの引き出しを閉めると中の空気が押され、他の引き出しを押し出します。まるで魔法のようです。気密性の高さに伴い防火性も高く、たとえ火事になったとしても箪笥の中に火を通しません。ほとんどの家財が燃えてしまっても、桐箪笥の中身だけは無事だったという例があります。

また、デザイン性も魅力の一つです。洗練された外見は優雅さと気品を感じさせる一方、木の目が空間に癒しを与えてくれます。

柔軟な頭と妥協を許さぬ腕その意志と技術は受け継がれていく

東京都から送られた優秀技能章と東京都伝統工芸士章の盾

林タンス店で使われる桐は主に会津のもの。寒暖差の激しい気候が桐の生長に適しているのだそうです。伐採されてから三年程度自然乾燥させ、仕入れてからも半年以上は外に干して乾燥させます。桐箪笥の気密性に関わる重要な工程です。

店舗の二階が工房になっており、桐箪笥製作に必要な機械や道具がありました。「鉋(かんな)や鑿(のみ)にも木が使われています。桐という木を扱う私たちだからこそ、いかに道具をものにするかで職人の腕が問われます」。そう話してくれたのは三代目の英知さんです。

製作には何種類もの道具を使います

木材、道具、そして製作の全ての工程において、一切妥協しない姿勢が伝わってきます。

桐箪笥はその人気ゆえ、粗悪品も出回っています。質の高い桐箪笥を作ることは「ごまかさないこと」だと正次さんは語ります。使う人のこと、買ったあとのことを考えられており、末長く使用できる桐箪笥こそが本物なのです。

最後に、父であり師匠である正次さんについて、英知さんに伺いました。「幼少期の私から見た父は、とにかく大変そうだな、という印象でした。それでも、父の桐箪笥やその技術が途絶えてしまうのはもったいないことだなと感じ、二十歳の頃に弟子入りを決めました」。師匠である正次さんは、厳しく指導するのではなく遠くで見守るタイプ。「父は柔軟な発想の持ち主で、あきらめない・妥協しない職人だと感じます。私だったら難しいな、無理かもな…と思うことでも、父はそうは思わないのでしょう。様々な方法を考えて、実行し、ひたむきに桐箪笥と向き合う父は、本当にすごいと思います」。伝統工芸士としての正次さんと、その意志と技術を受け継いだ英知さん。今日も林タンス店には、桐の匂いと木槌の音が響いています。

正次さん(左)と英知さん(右)

(編集委員 古郡)


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