品川区に今も残る伝統工芸(提灯文字)

第161号(2022.10.20発行)

大正12年創業の「田中屋商店」(品川区東五反田)は、提灯、看板、染め物などの文字や紋に関する部分を担ってきました。今回は、代々受け継がれる提灯文字の職人として活躍する3代目の下田洋靖さんに、文字の入れ方や先代との思い出について語っていただきました。

全体のバランスを見て文字を入れていく

提灯によく使われる独特な文字は「江戸文字」(江戸時代に盛んに使用された文字)と呼ばれ、籠字、勘亭流文字、寄席文字、相撲文字、髭文字などの種類があります。その中で特に書く機会が多い籠字は、東京のお祭りで使われる代表的な文字だそうです。また、江戸文字に限らず、家紋やお客様がデザインした文字、ロゴを入れることもあります。
「文字は全体のバランスと間を見て大きさや太さを決めます。書き順は関係なく、上下左右に書き進めます」と下田さん。一筆で書ける文字の場合は、書き順通りに書いてから肉付けするそうです。

籠字で書かれた制作中の提灯

下田さんは、木炭や6Bの濃い鉛筆を使ってまずは下書きをします。その上に細い筆で外線を書き入れたら、筆を変えて中を塗っていきます。筆にもこだわりがあり、たくさん持っていても実際に使うのは数本の手慣れた筆だけ。下田さんは、「人によって筆の好みもさまざまで、先代は硬めの筆を使っていましたが、私は柔らかめが好きです」と話します。下書きに忠実に書く場合は、柔らかめの筆のほうが扱いやすいそうです。
文字を入れる前に提灯の和紙の部分に霧を吹きかけ、中から竹の棒で上下に突っ張り側面を平らにして書きやすくするための準備をします。文字入れが終わったら枠や金具などを取り付け、雨除けのために油を引き数日乾かしたら完成です。

心を込めて丁寧に作られた提灯

 田中屋商店は、品川区内にあった提灯屋「田中屋」で修業をした下田さんの祖父が、のれん分けをして始めた店。下田さんはデザイン学校を卒業後、デザインの仕事をしていましたが24歳の時に家業を継ぐため父のもとへ修行に入りました。補助的な立場ではなく本格的に提灯文字を始めたのは父が亡くなった約20年前。文字入れのコツを具体的に教わることもありましたが、基本的には見て覚えるのが職人。下田さんは、「二人でずっと無言で作業をしていると重い空気が流れることもあった」と話します。ですが、下田さんの妻・喜子さんに対して父は、「ヒロに聞かれたら教えられるけど自分からはあれこれ言えないんだよ。ごめんね」と声を掛けていました。喜子さんは、「義父はきっと伝えたいことをうまく表現できなかったのですね」と当時を振り返ります。

下田さん

 お祭りや神社仏閣、お店などでよく見かける提灯ですが、最近はインテリアとして飾る人や子どもが生まれた記念に作る人などもいて使い方の幅が広がっています。「丁寧にやっていくだけ」と語る下田さんは、代々受け継がれる伝統の技を大切に守りながら、時代に合ったモダンな提灯作りも行っています。

         (若松 渚)

花模様が美しいモダンな提灯
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