国や地域のためになる実践的な研究をしていきたい

国や地域のためになる実践的な研究をしていきたい
地域共創(大崎×五反田LINK独自記事)

東京医療保健大学(東五反田)の教授で健康科学博士の渡會睦子さんは、性や自殺などの思春期問題、感染症、性感染症のほか、高齢者の健康や地域づくりなど幅広い研究を行っています。今回は、明るく穏やかな笑顔が印象的な渡會教授に、性教育で大切なこと、地域と子どもたちとの関連性、高齢者の生きがいづくりなどについて語っていただきました。

保健師の仕事を通じて感じたのは、心の健康の大切さ

私は山形県出身で、山形県の保健師として約10年間勤務しました。看護学生2年生の時に受けた心理学とカウンセリングの講義で、精神疾患がある方の看護ではカウンセリングの技術を取り入れながらケアをするという話を聞いて精神科医療にとても興味を持ちました。

病院へ実習に行った時、入院生活が50年以上になる患者さんがいたり、カウンセリングではなく保護室に入れられたりするという現状を見て、みんなが普通に生活できるよう何かを変えていかなければと思いました。薬を飲みながら地域で暮らしていくためには、医療、保健、福祉を整えていくことが重要だと思い保健師の道を目指しました。

保健師として精神保健、感染症保健、難病対策などに携わる中で感じたのは、心の健康が共通して大事だということです。感染症と心の健康には関連性がないと感じるかもしれませんが、感染症は差別偏見の的になることが多いので地域の理解やつながりが非常に重要です。私が働きながら大学で心理学を勉強したり大学院へ入ったりしたのは、地域住民の方に興味を持っていただけるような楽しくて興味深い話をし、理解を深めてもらうためでした。

心と体のバランスが取れた大人になるための性教育

私が感染症の担当になったのは、テレビをつければHIV、エイズと言っていた報道が少し静まった頃でしたが、実際はエイズや性感染症が増え続けていた現実もありました。当時の山形県の人工妊娠中絶率は全国3位と高かったので、子どもたちに性に関わる真実をきちんと教えて予防してもらおうと学校で教育するようになりました。

中絶や性感染症が多い地域には、地域性や歴史が関わっていることもあります。それ以外にも、親子関係の承認欲求を援助交際に求めてしまったり、はっきり「嫌だ」と断れなかったりするというコミュニケーションの問題が背景にある場合もあります。コンドームを使うことが予防法だと思われがちですが、山形県では教育委員会と一緒に自分と人を大事にすることをわかりやすく教え、コミュニケーションの練習をすること等の教育を組み込み、現在の中絶率は47都道府県中46位になりました。

地元の大学で教員をしながらさまざまな場所で性教育活動をしていましたが、東京医療保健大学にご縁があって勤務することになり品川区に来ました。18年目になります。

全国的に中絶率は減っていますが東京都の中絶率は約15年前とほぼ変わらないので、当時43位だった順位が現在は1位になっています。東京都の性教育が停滞している一因に、2003年に起きた性教育バッシングが背景にあります。性教育の性は、生きるに心と書きます。性の教育には、心の教育も含まれます。心の在り方も一緒に教えていくことが、性の問題予防にもつながりますので、誰もが受け入れやすい教育になっていくように願いを込めながら活動を続けてきました。

これまで作成し、山形県や福島県等の教育委員会で導入いただいた性教育の教材は、体が発達すれば脳も発達していき、心理的にも大きな変化が起こるということを丁寧に教える内容になっています。

小学生、中学生、高校生向けに作られた性教育のPowerPoint教材
渡會睦子.人生を豊かに育むための教育.東京都:日本家族計画協会

思春期の頃は親に反抗したり、人の目が気になったり、自分と言うことが違う友達を仲間外れにしたくなったり、様々な反応が出ます。体の成長とともに脳も成長し、ホルモンの分泌も盛んになる思春期は、それによってイライラしたり落ち込んだりしてしまうこともあります。こうした思春期の複雑な心を教えることは、自殺予防にもつながると考えています。思春期特有の心理を「自分だけに起きている」、「いつまでも続く」と思い込み、自殺を考える場合があります。思春期の悩みが自殺に直結しないためにも、イライラするのが正常で高校を卒業するまでには終わっていくこと、今は成長発達段階で子どもの心と大人の心がケンカしている状態だということを丁寧に説明しています。このような講演の感想に「死ななくてよいとわかってよかった」と書かれていることがよくあります。

困難を乗り越えるには自己肯定感が必要

思春期の子どもが悩んだ時、自暴自棄に自分を傷つけないようにストッパーの役割を果たすのが自己肯定感でもあります。自己肯定感は、ありのままの自分でよいと思う気持ちのことを言いますが、そのストッパーは、「ありのままの自分を愛してくれる親」の存在に支えられていることが多いです。

小学低学年くらいまでに自己肯定感を高めておくことが重要な理由は、小学3年生くらいになると脳の前頭葉が急速に発達して人との比較が始まるので劣等感を持ちやすくなるところにあります。この現象を「9歳の壁」と呼ぶのですが、この壁を越えると親が子どもの葛藤に立ち入るのが難しい思春期の時期に入っていくので、小学2年生頃まで忙しい毎日とは思いますが、無条件におうちに帰ってきた子どもを「よしよし、大好きだよ」と抱きしめ愛情をたくさん与えてあげてほしいと思います。そのことが、思春期の心の健康を保つ自己肯定感の基礎を作ります。

思春期は子どもが自立に向けて親離れする一歩でもあります。親が子に自分の言うことを押し付けすぎて、精神的または身体的な暴力を与え、それに対して子どもが「うるせー」と反抗もできない環境が続くと、思春期が遅くなってしまうこともあります。20歳くらいを超えて思春期が来ると、周りは思春期を終えているので、自分の心をすり潰していくしかなくなり、心の病気を発症することもあります。子どものリストカットなどの自傷行為は、心の苦しみをその痛みで忘れようとしたり、自暴自棄になって行われたりする場合もあります。同じように頭の毛を抜く抜毛や無謀な性行為も自傷行為と同じ行動として行われる場合もあります。

小学高学年から高校生くらいの思春期に反抗されたら「思春期が来たな、正常!正常!」と喜んであげてください。思春期の心の成長が終わったらまた戻ってきます。安心して、「私は大人としてこう考えているのだけど、あなたはどう思っているの?」と気持ちを引き出しながら話を聞いてあげるとよいでしょう。

私は教材を作成するにあたり、これまでの研究内容を踏まえながら、文部科学省が告示する学習指導要領の「人生」「命」「体」「心」などのキーワードをすべて抽出し、それを基にスライドや説明文章を作っています。先生方や地域の人たちが興味深く楽しくわかりやすく、そして安心して教材を使えるよう、そのスライドや紙芝居教材1枚1枚にどんなことを考えてほしいのかをポイントとして記載し、シナリオも用意するようにしています。

6.3.3で12年間、子どもたちの人生が豊かになることを願い皆で愛情を込めながら、温かい気持ちで教育していくと、子どもたちも将来心と体のバランスが取れた大人となり、地域を支えていってくれることになるでしょう。それが地域を守ることにもつながると信じています。

人生経験豊富な高齢者が地域の子どもを支える

地域に暮らす人と子どもたちとの関係で重要なのは、子どもが気軽に話したり相談したりできるよう、日頃から地域の人が声を掛けるなどして支えてあげることだと思っています。例えば、もしも虐待などを受けている状態にあっても、地域の人に「大きくなったね、あなたはこういうところが素敵だね」等、自己を肯定できる言葉を繰り返しながら関わることで子どもは救われていきます。

最近は同年代の若者同士が知識や技術を共有するピアエデュケーション、対等な立場で話を聞き合うピアカウンセリングが大事だとも言われていますが、私が長年にわたり性教育や思春期教育をしてきて感じるのは、包み込むような大人の関わりも必要だということです。その点で、地域の子どもたちを無条件にかわいがってくれるご高齢の方の存在はとても重要です。また、人生経験を積み重ねた高齢者の話を聞いて、さまざまな生き方があると知るのは、子どもたちにとって大変意義のあることだと思っています。

子どもたちは目の前の親を人間のモデルとして学び成長します。親以外の大人から生き方を学ぶことは、人生の幅を広げていくことにとても重要なものです。親の生き方しか知らない子どもが地域の高齢者の人生を知ることは、子どものキャリア教育にもつながります。退職後の人生を生き生きと過ごす高齢者の生きがいを作ることにもなり、相互に活性化していくことが可能だと考えます。

学生と地域住民が交流する「健康づくりの会」

大学の授業の一環で毎年実施しているのが、地域の絆を作るための「健康づくりの会」です。2年生が地域の特性や高齢化の状況などについて調べた上で、高齢者が生き生きと暮らしていくためには何が必要かを授業で出し合い、イベント内容を決めています。5月13日にはリモート開催で約20名の地域住民の方に参加していただき、学生たちによるフレイルのミニレクチャーや交流会を行いました。フレイルというのは要介護になる前の状態のことで、身体や認知の機能低下をどのように予防するかなどについて、学生たちが調べてまとめました。

コロナ前は体育館で開催していたので、参加者のみなさんが帰る時に手をつないで階段を下りたり、握手をしたりするようにしていました。ある時、高齢者の一人暮らしの方に「今日は握手できなかったから握手してもいい?」と声を掛けていただきました。人と触れ合うことも楽しみの一つにしていただいているのではないかと感じました。今後も、心のふれあいを楽しみにイベントに足を運んでいただけるよう早く新型コロナがおさまってほしいと思っています。

人のぬくもりを感じたりイベントを楽しんだりすることが高齢者の生への活力になり、様々な世代のつながりを作ることが地域の健康にもつながると考え同会を立ち上げました。いろいろな人との交流で元気になるのは高齢者だけでなく学生も同じです。現代の子どもはコミュニケーション力が乏しいという特徴があると言われますが、大学生も地域の方との交流を通じてコミュニケーションや健康な生活・人生について学ばせていただいています。

私の研究内容は感染症、性感染症、思春期や性の問題、学校・特別支援学校・児童養護施設での心と体の教育、地域づくり、高齢者の健康など多岐にわたります。国や地域、人々のためになればと思い研究を続けてきました。これからも「実践を通じた研究をする」という目標をぶれずに持ち続け、人々の役に立つ活動をしていきたいと思っています。

<プロフィール>
渡會睦子
東京医療保健大学 医療保健学部 看護学科 教授
健康科学博士・保健師 公衆衛生学会認定専門家 日本性感染症学会認定士
思春期学研究認定者・性教育認定講師(日本思春期学会) Therapist(性科学学会) 性の健康カウンセラー(性の健康医学財団)

山形県鶴岡市出身。保健師資格を取得後、明星大学人文学部心理教育学科で心理学を学び、宮城大学大学院修士課程、東京大学研究生を経て、首都大学東京大学院博士後期課程を修了。

職歴
保健師として山形県に入庁後、保健所にて精神保健・感染症・難病を担当し、その後、山形県立保健医療大学 助手として勤務
2005年4月より品川区東五反田にある東京医療保健大学 講師、2018年より同教授として公衆衛生看護学を教える。

受賞歴
2004年 VENTURE CLUB AMERAICAS 2004 MAE CARVELL AWARD
2006年 日本青年会議所 人間力大賞 厚生労働大臣奨励賞
2014年 厚生労働大臣感謝状 被災地支援に対して
2015年 日本性感染症学会 学会奨励賞
2019年 健やか親子21全国大会 日本家族計画協会会長表彰 等々
他に、日本思春期学会(理事) 日本性感染症学会(理事) 日本公衆衛生学会(代議員) 等を務める 

                         (若松 渚)

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